【随縁随意】天からの贈り物 – 石川 陽一
生物工学会誌 第90巻 第7号
石川 陽一
2011年の日本生物工学会の招待講演「青色LEDの開発と省エネへの貢献」で中村修二先生は「開発に当たりアメリカから購入した装置では用が足りず、改良に改良を加えて精度を向上させて世界初の高性能の青色LEDを開発した。この装置は自分しか作れないから他の人は誰も青色LEDを作れなかった」とおっしゃっていました。装置を改良するたびに世界初のLEDの青色が近づいてくるのを実感して、装置の改良にわくわくしたことでしょう。中村先生は機械や電気に明るく、手先が器用で違和感なく装置に触れる人なのだろうと思います。生物や化学に携わる人は電気、機械は苦手の人が多く、たとえ得意でもさわれる環境ではないので、市販の装置を駆使して新規開発をしようとしますが、同じ装置を同じ目的で使っている人は沢山いるので、その中で画期的な開発をするのは容易ではありません。
私は石油関連の試験器を作っていた父の会社に入り、友人に基礎を教えてもらって酸素センサを商品化しました。販売しているうちに、発酵用酸素センサの開発依頼をいただき、用途も分からないまま世界で初めて繰り返し蒸気滅菌に耐える溶存酸素(DO)センサを作りました。杜氏のような職人芸で制御していた培養が、DOを指標に制御できるようになり、培養効率が飛躍的に向上してDOセンサは世界中で利用されました。ついでpH、溶存炭酸ガス、泡、排気酸素と炭酸ガス、アルコール、グルコースなどのセンサ開発のご依頼をいただき、センサを開発しているうちに、これらのセンサを組み込んだ世界初のコンピュータ付き小型培養装置の開発をご依頼いただきました。まだパソコンがなく、ROMもRAMも2キロバイトしかない時代だった上、技量不足だったので開発は難航しました。最後にはお客様の会議室を4ヶ月以上お借りして5、6人の合宿状態で開発に当たり、お客様の励ましや社外の多くの協力をいただいて何とか装置が完成しました。お客様はこの装置を大量に導入し、インターフェロンの研究開発期間を驚異的に短縮しました。今でも新規の仕事で時々数ヶ月の合宿状態で仕事をしますが、その都度社員が成長します。
これらのお客様からの開発依頼は今考えると天からの贈り物でした。少々漠然とした、時には無理と思われるご依頼を形にする過程で、動物細胞培養で泡を出さずに通気するチューブ通気方法、夜間に無菌で自動サンプリングする装置などいろいろな要素技術を開発して商品アイテムが増えたと共に、社員の成長というおまけが付きました。気がついたら本業は石油の試験器屋から培養装置屋に変わっていました。
バイオの表舞台で活躍するのは生物や化学の技術者です。しかし主役も舞台を作る裏方なしでは活躍できません。現状の装置の機能、精度、速度などに満足できないことが多いのではないのではないでしょうか。時には予算がなくてあきらめているかもしれません。そんなことで大事な開発が遅れては困ります。天からの贈り物を裏方に投げてみてください。
培養装置も10数年前からディスポーザブル化やハイスループット化が進み、医薬品製造装置としての信頼性や性能などの要求事項も多くなって、戦後40年間基本構成が変わらなかった培養装置が一変しそうな時代です。天からの贈り物がますます大事になりそうです。
著者紹介 エイブル株式会社・株式会社バイオット(代表取締役会長)