【随縁随意】ものづくりに想うこと – 坂口 正明
生物工学会誌 第90巻 第6号
坂口 正明
入社以来、約30年以上にわたり、酒類、特に蒸留酒に関する「ものづくり」に携わってきたことから、個人的ながら「ものづくりに想うこと」を述べたいと思います。「ものづくり大国日本」という言葉がありますが、現在の日本の製造業の繁栄は、日本の伝統的な固有文化に源を発する精神性によって、付加価値の高い「芸術品」を創造し、それをお客様にお届けすることによってもたらされました。具体的には、安心・安全で、文化的な生活を提供するために、表面的な看板でなく、真にこだわりのある品質を造り出してきました。品質本位、美味、技能、品格(凛々しさ)、改善、理論、現場、楽しさなどを追求するこだわりの姿勢が、ものづくりを志す職人や巨匠を生み出してきたものと思います。
「ものづくり」のために、感性を磨く、できるだけ多くの体験をする、興味ある分野や異分野の人とコミュニケーションする機会を作る、理論と体験した技能を持つ、現場に行くなどによって、人は自己成長します。自己のレベルを上げない限り、よいものは造れません。また、品質に対しては、品格のある評価ができなければなりません。そのためには、文化的なこと、技術的なことの両面を研鑽していく必要があります。
プロフェッショナルな「ものづくり」には、それぞれの人によって流儀があります。私の流儀は、1)理論と実践、2)現場感覚、3)信頼関係、4)文武両道で、それぞれに対して想いを述べたいと思います。
「理論と実践」 ひたむきに実践を繰り返すことによって、新たな発見を生み出し、「ものづくりの力」が体に染み付きます。しかし、それだけでは骨太なものにはなりません。やはり、分析的、数学的なアプローチによる理論的、技術的な基盤と洞察的、実践的なアプローチが複雑に絡み合いながら形を作っていきます。
プロゴルファーにおいても、幼い時からボールを打ち続け、その繰り返しによって、相当な技能レベルに到達しますが、的確なゴルフ理論を学習していないとトップレベルでは戦えないと言います。酒類の世界においては、酒の官能品質と製造プロセスの因果関係を理解するには、相当な経験を積まなければなりません。分析値では表現できない品質を人の感性で評価して、方向性を決め、原料、仕込み、発酵、蒸留、熟成、ブレンドなどの製造プロセスの条件や設備の問題点を発見し、改善することが求められます。「理論と実践」が同時に進行し、必ず技術的な裏付けが反映されなければならないと思っています。
「現場感覚」 現地に行って調査をし、それから作戦を立てる。現場に足を運ばねば、決して問題点が見えない。本田宗一郎氏、松下幸之助氏らの著名な経営者はその実践者として語り継がれています。商品開発では、市場や消費者の変化をしっかりと見ないと先取りする商品を造ることはできません。お客様や社会に商品がどのような価値があるのか考えなければなりません。言うはやさしいが実践するのは、莫大なエネルギーが必要です。あえて、現場感覚と表現したのは、技術開発、商品開発において、常に現場の感覚を忘れない、現場での実施をイメージするという意味も含めております。
「信頼関係」 ものづくりは情熱、熱き執念と言うかもしれませんが、その底辺を支える信頼関係(絆と連携)が重要です。ものづくりの世界においても人間関係の中で実践していき、人に喜びを与える技術が人との信頼関係を築いていきます。信頼関係がないところからは、ものづくりのエネルギーは湧き出てこないと考えております。信頼関係ができることが、ものづくりのスタートであり、大きな成果にも結びつくことと思っています。
「文武両道」 技術者は、技術的なことばかりではなく、文化的なことに対しても研鑽を重ねなければなりません。剣の達人である宮本武蔵は、絵画・書道にも長けておりました。社会ニーズを満たす技術者は、「文武両道」の能力を持っていたいものです。コンサートホールや美術館で芸術を楽しんでいますか? なかなか心の余裕が持てないのではないでしょうか。各々のスタイルで心豊かな時間を過ごし、「人間力」を磨いていければ魅力的です。現場の設備を設計する時に心がけていることは、最高の品質を造るための機能的な美しさ、歴史的に淘汰されてきた外観的な美しさにも常に考慮しております。欧州の歴史のある蒸留所を視察すると美しい設備に触れることが多く、その文化的な成熟度に感動いたします。
以上が個人的な仕事の流儀ですが、まだまだ志半ばで、今後益々研鑽を重ねなければと思っております。
著者紹介 サントリー酒類株式会社、スピリッツ事業部商品開発研究部(スペシャリスト)