生物工学会誌 第89巻 第7号
緒方 靖哉

生まれ変わったら就きたい職業の一番人気は「大学教授・研究者」だそうだ。3千人余に対する調査の回答(朝日新聞be ランキング2010年8月3日)である。私は国立大学で15年間、私立大学で7年間の教授生活を送った。大学教授の生態は多くの人にとって、秘密のベールに包まれた摩訶不思議に映るらしく、「大学教授はストレスの少ない職業と聞いていますが、仕事の内容は?」「大学教授を目指した動機は?」「大学教授になる秘策は?」のようなことをよく質問された。2度目の退職の機会に、自らの体験を生かして“大学教授の生態論”でも書いておこうと思い立った。

大学教授を分けるのにいろんな分類法があるだろうが、大学の門から一歩も出ることなく教授になるストレート組と官庁や企業からの転向組に分けるのが、大学教授の生態を論じやすいように思われた。現在は、ストレート組が多数派であるが、ストレート組の登竜門である助手(現 助教)席の減少などの環境の変移に伴って、将来は転向組の増加が予想できる。両者の違いを強いて挙げると、ストレート組にロマン派が多く、転向組には現実派が多いと感じる。

大学教授を目指す動機は人によって異なるが、大学教授に適する人は、自分で調べることが好きな人、教えることが好きな人であればいい。これに好奇心と探究心が備わり、想像力も豊かであれば鬼に金棒である。学問・研究はゴールのない競争に挑戦するようなもので、長い間、大学で研究や仕事を続けられるのには、衰えることのない好奇心、探究心、想像力、さらに適度の自己顕示欲と自尊心も必要になる。

大学教授の最大の魅力を挙げると、他の職業に比べて、自由な時間を持てること、自由な研究が保障されていることである。だが、教授になり、さらに教授の地位を向上させるためには、研究業績(論文の質と数)を上げることが必要である。また、教授には、想像以上に知的武装も必要になる。これらには、若い時に、懸命に学び、努力することで対応できる。学ぶことにも旬の時期があり、この時期に阿修羅の如く働いたお陰で、自分自身で実験ができなくなってからも、満足感が持続しているように思う。

名野球人広岡達朗氏が、「どんなに素質のある人でも一度は猛烈に練習に励まねば、何かを掴むことが出来ずに、一流になれないまま何時か消えてしまう」と言っておられる。相通じるものを感じるので、若い人達へのメッセージとしていろんな所で、この言葉を引用している。

こんな内容で、“大学教授の生態論”の執筆構想を練り、後は、若い人が関心を持つように、大学教授の仕事の内容、大学教授を目指す人に知らせたい秘策なども入れようと思いはじめた。執筆の前に、一応、類似の内容を著した書籍の存在を調べたところ、“大学教授という仕事”(杉原厚吉著・水曜社)と“新 大学教授になる方法”(鷲田小彌太著・ダイヤモンド社)が見つかった。杉原先生の著書には、私も経験した仕事の内容がこと細かく記述されている。杉原先生は、私と同様、国立大学の理系の教授であるので、当然と言えば当然のことである。

しかし、鷲田先生の著書を読んで驚いた。先生の主義主張や教授を目指す人への要望などで、私と似た考えが多い。この本の目玉、「大学教授をめざす人に大声で知らせたい10の裏技」(“周囲の研究者の論文を読め”“敵を作らない”“配偶者の選択を誤るな”、以下略)では、これらの裏技の7割は実践していた。しかし、これらの方策は、自分の役割を粛々と果たしていた間に、故意も悪意も持たずに、無意識のうちに実践していたのである。

これら2書は、私が追求しようとしている“大学教授生態論”の本編の核心をついている。この時点で、“大学教授生態論”の著述を放棄し、本編はこの2書に譲ることにし、私の執筆の構想は“大学教授生態論の序文”としてここに残すことにした。国の将来は大学教育に依存するところが大きいと思っており、多くの優秀な若い人に大学教授を目指して欲しいからである。次の世代にノーベル賞の夢を託したい。ちなみに我が家では、医学、農学、工学と領域は異なるが、3代続いている。


著者紹介 九州大学名誉教授、元崇城大学教授

 

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