【随縁随意】事業仕分けと世界一 – 土佐 哲也
生物工学会誌 第88巻 第12号
土佐 哲也
2009年11月に行われた「行政刷新会議の事業仕分け」では科学技術関連予算も俎上にのぼり、かなりの事業について予算計上の見送りや大幅縮減との判断がなされました。その際、マスコミなどで有名になったキーワードは蓮舫議員の「世界一でないといけないのですか? 二番では駄目ですか?」のコメントでした。このフレーズはいろんなところで面白おかしく使われるようになったことはご存知のとおりです。
その後、事業仕分けは民主党政権の目玉政策として脚光を浴び、2010年になってからは「独立行政法人」を対象としても行われました。その際、日本の科学技術のメッカである理化学研究所が昨年と今年の2回とも事業仕分けのターゲットになり、この砦が崩れると大学の研究費などの削減にも大きな影響が出るということで、ノーベル賞受賞者を筆頭にして、多くの科学者、研究者が大反対されたことは記憶に新しいところです。
その当時、「科学研究」、「科学技術」、「学術論文」などの「世界一」について、私が思いましたことをこの「随縁随意」に書かせて頂きますので、皆様のご意見を賜れば幸甚です。
学術論文とか特許というものは、「世界一」、「世界で初めて」、いわゆる「独創性」がないと認められないことは自明の理です。そのため、学術論文ではその内容がいかに「独創性が高く、新事実の発見、新技術の発明かということ」を、「Introduction」と「Discussion」の項で縷々解き明かすわけです。つまり、決して模造・コピーではないことを主張するわけです。また、特許ではこのことがある面では学術論文よりも厳しく、審査時には審査官からよく「容易に類推できるので、特許性なし」と拒絶されたことを思い出します。今年は6月から7月にかけて、サッカーのW杯が南アフリカで開催され世界中で大賑わいでしたが、韓国のプロサッカーのキャッチフレーズに「二番では誰も憶えてくれない! 一番でなくては駄目だ!」という厳しい戒めがあるそうです。
資源の乏しい日本が生き抜いていくためには、「科学技術創造立国」を目指すことは正しい選択です。そのためには、研究成果をあげることが肝要で、個人でも組織でも、(研究成果)=(論文数)×(質)の数式で示すことができます。日本の国立大学法人などの研究者が世界の学術誌に投稿した科学論文(もちろん世界で初めてで独創性のある学術論文です)の数は2006年度から2008年度の3年間で約10%減ったことが内閣府のまとめでわかったそうです。この理由は2004年の国立大学法人化以降、研究者が外部から資金を獲得するための事務負担が増え、研究に費やす時間が減ったことが背景にあるという記事が日本経済新聞(2010年6月24日版)に掲載されていました。これは憂慮すべき事態です。
「科学論文の質の定量的な評価」はきわめて難しく、実際には、一論文あたりの被引用数で比較するなどいろいろな試みがなされています。ただ、今年の3月に行われた日本学術振興会賞の授賞式で、江崎玲於奈審査委員長が「評価するのもされるのも重要であるが、拙速な評価が一番悪い」と指摘されていることは心すべきだと思います。各研究者への研究費の配分は基本的には研究成果(未来への期待度を含む)に基づいていると思います。そのためには「事業仕分け」をするにも質の定量的な評価は常に重要な課題です。
環境・医療・エネルギー・食料などの問題解決に大きな役割を果たす「バイオサイエンス・バイオテクノロジー」には、まだまだ「世界一」を目指せる研究分野があります。
生物工学会の会員の皆様、これからも世界一を目指して頑張りましょう!
著者紹介 本学会元副会長、名誉会員、元田辺製薬(株)副会長