生物工学会誌 第93巻 第12号
中西 一弘

今から四十数年前の学生の時、筆者は、京都大学工学部で触媒反応工学の研究に携わっていた。この頃、すでに大学のポストを見つけることは難しかったが、幸運にも農学部食品工学科の農産製造学研究室の助手として採用された。実質的に新設の研究室であったので、研究テーマを探すことから始めたが、長年にわたり試行錯誤の日々が続いた。ようやく、研究が軌道に乗り始めたころに、岡山大学工学部に新設された生物応用工学科の教授として赴任したが、一期生がまだ2年生であり、学科の建物ができるまで3年近く待たねばならなかった。ここでも本格的に研究できるようになるまでに随分年月が経過した。

二つの新設の研究室で苦労したことは、研究者であれば誰しも同じではあるが、研究テーマと研究費である。筆者が助手のときには自由に申請できる研究費は科研費のみであった。現在では、さまざまな競争的資金制度や民間の助成金制度が利用できるので隔世の感がする。研究費の面からは、昔よりはるかに研究しやすい環境になっている。一方、教育やいわゆる雑用に取られる時間が増え、研究時間が減っていることも事実である。特に、雑用に対する取組み方を工夫して、研究に必要な時間を確保することが求められる。

さて、研究は、ナンバーワンを目指す研究とオンリーワンを目指す研究に大別される。ナンバーワン研究では、同じ分野で多くの研究者が競って頂点を目指す。通常、多額の研究費が使われる。オンリーワン研究では、それまでは注目されていなかった分野で独創的な研究に挑む。研究テーマ選択の自由度は高いが、リスクは大きいと言える。ただし、ナンバーワン研究でも、その過程では新規性を追求する必要があることは言うまでもない。どちらがよいかは研究者の置かれている立場や考え方により異なる。

上述した事情などにより、筆者は、一貫してオンリーワン研究を志向した。しかし、通常、オンリーワン研究の糸口を探すことは簡単ではない。文献調査、学会・シンポジウム、研究者との交流、あるいは企業との共同研究などを通して得られるさまざまな情報に基づいて納得がいくまで考え抜くことが肝要である。一方、研究室で得られた実験結果、特に、当初の予想とは異なる結果からオンリーワン研究が生まれる場合もある。さらに、同じ研究室に留まるのではなく、機会があれば複数の研究室を経験することもよい。

筆者の場合は、助手のときに留学したミュンヘン工科大学で行った研究が、オンリーワン研究の糸口の一つになった。雑用がまったくない環境で、自分の思うように研究を行えたことは幸運であった。与えられた研究テーマは、スキムミルクの濃縮に使用した限外ろ過膜の水洗浄速度の解析という食品工学分野のテーマであった。初めての分野の研究であったが、最終的に、膜面上に付着しているタンパク質の構造・状態が、洗浄速度に支配的な影響を及ぼすことを示し、一段落をつけることができた。本研究の過程で、付着あるいは相互作用が関与する事象に興味を抱くようになった。このような体験が糸口となって、後日、微生物菌体懸濁液のろ過、糸状菌の膜面液体培養、さらには、物質の固体表面への吸着・脱離現象、有機溶媒系での固定化酵素反応、相互作用を伴う酵素反応、配向制御固定化など多くのオンリーワン研究が生まれた。いずれのテーマにも共通するキーワードは付着・相互作用である。

オンリーワン研究も自己満足で終わるのではなく、学会などで認められると喜びも一入である。筆者の場合、当時はオンリーワンを目指した研究を行っていると自負していたが、今、振り返ると、本物のオンリーワン研究を行っていたと言えるのかどうか、ニッチな分野の研究を行っていただけではないのかと思うことがしばしばである。本会の特に若手の会員諸氏には、本物のオンリーワン研究に挑んで、功をなしていただければと期待しております。


著者紹介 中部大学応用生物学部(教授)

 

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