【随縁随意】新しい産業革命の渦中にあって-植田 充美
生物工学会誌 第88巻 第6号
植田 充美
「エコ」という言葉が世の中に満ち溢れ、幼児教育に至るまで「エコ教育」が浸透していることに比べて、バイオテクノロジーの基幹技術である「遺伝子組換え」という言葉やイメージ、さらに、「遺伝子組換えの教育」はどうであったのか、「教育」のもつ見えざる潜在力の重要性を痛感する今日です。ところが、地球は、さらに、その環境を保持し、生物の多様性を維持しつつ、持続的社会、すなわち循環型社会の実現という実践的な形態を創れという難題を課してきています。
日本が、「ものづくり」を基盤とする科学技術立国として、また、自然と共生した安心安全な持続可能な社会構築で世界をリードしていくためにも、遺伝子組換え技術を含む環境適合技術によるグローバルで適正なバイオ技術のマネージメントが求められています。地球の未来を予測する時、人口問題、食料問題、資源やエネルギー問題、水問題は避けられない障害であり、これらは、それぞれ独立した問題ではなく、連携したグローバルな問題であるという認識をもたなければ、バイオテクノロジーの将来性は危ういと言わざるをえません。
京都議定書で唯一評価された「クリーン開発メカニズム(CDM)」という国際協調による目標達成の仕組みは、先進国も開発途上国も巻き込んで、開発途上国への経済的かつ技術的協力を含み、デンプン源としての食料増産とセルロース廃棄物によるエネルギー生産という途上国の貧困の解消へも導きうる多次の効果をもちます。植物個体は、食料とエネルギーの両方を共存した素晴らしいバイオテクノロジーによる増産対象であります。食料と自然循環型エネルギーの創出のためには発展途上国への投資と技術移転を促し、地球環境を保全しながら、先進国も発展途上国も世界の国々がスパイラルに発展していく要素が内在しています。こういう自然循環型エネルギーやものづくりの資源ともなる農業をベースとした穀物資源や、林業をベースとした森林資源をもつ国とこれらを有用資源に変換できる工学技術と資本をもつ国が共同して、農工連携という新しい枠組みの「クリーン開発メカニズム(CDM)」を基盤に協調しあって発展する姿は日本にとって、また、地球にとっても未来のあるべき姿であると言えます。これは、廃棄物ゼロをめざすリサイクル社会の実現をめざすゼロエミッション志向の技術の広範な開発と技術移転にも通じるものであります。
ポスト京都議定書に関する種々の国際会議での先進・新興・途上国のエゴのぶつかり合いを目の当たりにして、大地に基盤をおく農業や林業をベースとするグリーンバイオテクノロジーと、それらを変換できる多彩な能力を持つ微生物機能をベースとするホワイトバイオテクノロジーの共同融合連携は、地域から国へ、そして、世界へとボトムアップ的に拡大していかねばならないとの認識の重要性がますます大きくなってきています。
化石燃料をもとに発展してきたこの世界を、食料生産と共存し、しかも食料生産と競合しない環境と調和した新しいバイオテクノロジーを基盤とする循環型の世界へのギアチェンジは、人口問題もからんで、人類を含む地球上すべての生物の種の絶滅を防ぐことにつながっていきます。我々人類は、今こそ、その叡智により、これまでの化石燃料依存の産業構造と決別し、環境保全を基盤とする産業構造へ変えていくという新しい産業革命を実現しつつある渦中にいるという意識を強く持ち、私自身はその縁の下の力持ちになって、新しい世界へ踏み出すバイオテクノロジーの発展に貢献していきたいと考えています。
著者紹介 京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻(教授)