【随縁随意】E-バイオの幕開け-石井 正治
生物工学会誌 第88巻 第5号
石井 正治
40年ほど時を遡る。筆者は小学校5年生であった。記事全文などは到底読み切れてはいなかったが、ある日の朝刊の見出しに、石油タンパク……なる言葉を見かけた。「石油からプラスチックができるように、タンパク質も化学的に合成できるようになったんだ……。」と、一人合点していた。親や先生に質問すれば間違いにすぐ気づいたであろうが、なぜか、その合点を心の奥に留めておいた。石油成分を微生物に資化させ、得られた微生物菌体を飼料などに使う、というプロジェクトの記事化であったこと、さらに我が国では当該プロジェクトの実用化には至らなかったことを知ったのは、随分後になってからだった。
30年ほど前のこととなる。筆者は東大農学部農芸化学科に在籍していた。微生物利用学I(蓑田泰治先生担当)の講義で石油タンパクが取り上げられていた時、先生は、同時に微生物タンパク(single cellprotein)という言葉も紹介されていた。同じ事柄を紹介するにしても、使う言葉でニュアンスがまったく異なることに愕然とした。特にsingle cell proteinには、余分なものが削ぎ落とされた後に残る切れ味の鋭さをも感じた。「もし、10年前にsingle cell proteinという言葉が使われていたら、歴史は変わっていたかもしれない。SCPポークがスーパーマーケットに並んでいたかもしれない。」と思い、概念の言語化の重要性を噛みしめていた。
10数年前、現在所属している研究室(応用微生物学研究室)の助教授に任命された。研究室の研究対象は広い範囲に及んでおり、さらには学生一人一テーマを掲げていることから、テーマの羅列だけで紙1枚を充分に使ってしまえるほどであった。そこで、「この機会に研究室内のテーマを、自分なりに統一概念で括っておこう」と考えた。出てきた答えは「微生物代謝」であった。単一微生物を対象として、生理生化学を遂行するにも、ものつくりを行うにも、その微生物の代謝のありようを経時的にあるいはリアルタイムに知る必要がある。多種類の微生物が関わる物質変換現象(伝統的発酵食品製造や有機性廃棄物分解)を解析し改質改良するにも、個々の微生物の代謝と微生物群全体としての代謝との両方を知悉していることが肝要である。このような背景のもと、それ以降は、「代謝」という軸でテーマを捉えるように心がけている。
筆者は多年にわたり化学独立栄養細菌(水素細菌)を研究対象としている。分子状水素を扱っていると、プロトンやエレクトロンといった化学浸透圧説の世界が自分の目の前に拡がってくるようであり、二酸化炭素を唯一炭素源として微生物が生育するさまは、太古の生物的営みを垣間見るようで心が澄み渡る気がしてくる。
そんなある日、電気化学専門の京都大学加納先生と親しくお話しする機会に恵まれた。微生物代謝や微生物によるものつくりに対して、統合的観点(言語)を創造することの重要性、導入することの喫緊性、で意見が一致した。過熱気味の討論の中、熟慮していた頭の中に過電流が流れたのであろうか、E-バイオなる言葉が閃き、その概念も芋蔓式に湧いて出てきた。すなわち、E-バイオとは、電子指向型バイオテクノロジー(electron-oriented biotechnology for energy and ecology)のことを指し、脱化石燃料化(ecologyconscious)とuphillバイオの積極的導入を軸とする概念である。さらに、uphillバイオは、E-バイオの技術的基盤を形成するものであり、現状のバイオシステムで生じているエネルギーロスのミニマム化を図るシステム、さらには、エネルギー物質(電子、水素)を反応の場に適切に注入することにより成立するバイオプロセスのことも指すものと定義できた。
言葉の次は実践である。可能な限りの宣伝活動と共に、産官学の先生方に概念をお伝えし、ご批判ご批評を賜ること、概念のさらなるブラッシュアップ、さらには概念をより明確な形に仕上げていくことを旨としている。諸先生方からのご意見をお聴きすることができれば大変幸いである。
著者紹介 東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻(准教授)