【随縁随意】日本の技術の国際競争力 – 吉田 敏臣
日本の技術の国際競争力 – 東南アジアにおける環境ビジネスを例に –
生物工学会誌 第87巻 第11号
吉田 敏臣
環境汚染の問題はいまや全地球的な重要課題となっている。アジア地域では、急速な経済成長により環境負荷の増大がめざましく、各国政府はそれらに対応できる政策を打ち出す必要に迫られている。東南アジア諸国では、開発レベルに応じて必要とされる環境インフラストラクチャーが異なる。
たとえば、ベトナムでは下水、し尿処理、産業・有害廃棄物の処理、大気観測と、未整備のものが多く、インドネシアでは下水、し尿処理、医療廃棄物、産業・有害廃棄物の焼却が未整備となっている。タイで未整備となっているのは産業・有害廃棄物の焼却である。これらの問題の解決のために、各国では国際的市場で供給される装置や技術などの最新のリソースの中から経済事情に見合う選択肢を探りながら、公共投資、民生事業、企業活動などいろいろなレベルで事業展開が行われている。
ここで、わが国経済産業省近畿経済産業局が最近行った調査(平成20年3月発表「平成19年度近畿地域における環境・省エネビジネスの戦略的アジア展開支援に係る調査」)に関わった経験から、日本の環境技術を普及・展開する国際戦略を考えてみる。
世界における環境産業の競争力という観点から各国の力を比べると、アメリカが世界で最強であり、ついでドイツ、さらにフランス、日本、英国が続き、日本は第4位にとどまる。アメリカ企業はサービス部門で圧倒的強さを持っており、アジア諸国でもコンサルタントとして活動できる人材が豊富である。ドイツは廃棄物処理に強みを持っている。フランスと英国は、上下水道で他国を圧倒している。日本は水処理と大気汚染対策のプラントの部分で世界をリードしている。そのなかで、アジアにおける1999年の環境装置輸出のシェアは、日本39%、アメリカ27%、ドイツ9%である。これは1995年の実績から比べると、日本のシェアは43%から低下し、アメリカのシェアは23%から増加している。日本の場合国内で培われた高スペック技術を保有しているものの、対外的な販売を目指すときには極端に低い価格を提示しなければ受注できないという状況がある。
日本企業の競争力の低下を招いた理由として次のようなものが考えられる。欧米企業は事業運営まで含めた提案が可能であるが、日本企業はプラント輸出が中心である。欧米企業は価格に見合った品質のプラントや装置を提案できるのに対し、日本企業は日本市場で標準となっている仕様をそのまま持ち込むので、相手国のニーズに対して高価な仕様の提案となる。欧米企業は現地化を積極的に進めるのに対して、日本企業は基本的に日本から装置を輸出することを前提にしている。欧米企業は事業運営で利益を上げるという考え方があるが、日本企業は装置やプラントの輸出で利益をあげるという考え方である。また、アメリカはアジアでの環境技術サービスの支援を目指して、US-AEP(United States-Asia Environmental Partnership)プログラムを策定し、アジア諸国9カ国2地域で合計15都市に事務所を開設して技術協力を行っている。このプログラムを利用して、アメリカの各企業は現地に密着してきめの細かいサービスを提供できる現場対応型の事業態勢を展開することができる。
このような情勢において、今後日本はどのような戦略でもって国際的マーケットで生き残りそして事業の発展拡大を図るかをいろいろな立場で考えねばならない。政策的なこととして、近畿経済産業局が検討している中で指摘されているが(上記報告書)、日本の環境ビジネス企業によるアジアでの事業展開を促進するための当面の課題は、現地ニーズに関する情報の入手、現地パートナー企業の発掘、海外展開に必要な人材確保、日本が提供する技術の現地化であり、それらを解決するための政策としては、情報収集の支援、国の海外展開支援ツールの活用促進、相手国関係者との交流の場の提供、GAP(Green Aid Plan)など国のアジア支援の施策を活用した人材育成や情報発信の支援が考えられる。さらに、日本と相手国政府・自治体の協力のもと両サイドの企業体からなるネットワークを連携させるビジネスネットワークを構築し、種々の問題の解決に活用することが考えられている。
一方科学技術プロパーのセクションから考えてみる。日本は科学技術立国を標榜すべきだという見解があり、得意の物作り精神でいろいろと工夫を凝らし独自の優秀な製品を作り出して競争力を高めてきたといわれている。日本人はいろいろの状況に対応して最適のものを作り出す能力を有しているわけで、東南アジア諸国の現実に応じた解決策は現場に赴いてその中から見いだすのがより効果的であると言える。また、日本の科学技術を競争力のあるものにするためには、シャープな掘り下げだけでなく、知識を豊かにし幅広い経験を培ったうえで柔らかい頭で工夫を行うことが必要である。われわれ科学技術に携わる者は、鳥瞰的見方をもって戦略的に計画・設計を進めて、融通性豊かで競争力のある技術の展開を目指して努力をすることが必要であることを痛感する。
著者紹介 大阪大学名誉教授、日本生物工学会名誉会員、大阪府環境農林水産総合研究所(所長)