【随縁随意】放線菌って,どんな生物?-宮道 慎二
生物工学会誌 第87巻 第6号
宮道 慎二
「放線菌って、どんな生物?」と聞かれたら、まずは次のサイトを紹介してその魅力的な姿に触れていただく。日本放線菌学会がHPで公開している「Digital Atlas of Actinomycetesc注1)」である。特に見てほしいのは、FrontispieceやSection 4~7に掲載されているたくさんの顕微鏡像、その美しさに浸ってほしい。胞子が発芽し基生菌糸として伸長・分岐し、次いで気菌糸が形成され、菌糸に隔壁が入り胞子へと熟成していく。胞子嚢を形成する一群や運動性胞子を形成する一群もある。このような形態分化とその多様性、しかし、それでも放線菌はバクテリア、れっきとした原核生物である。さらに興味をお持ちなら、写真450枚を収載した『放線菌図鑑(朝倉書店1997)』が放線菌学会から出版されている。
一方、これまでに発見された抗生物質は約1万種と言われるが、そのほぼ2/3は放線菌の生産物で、おそらく、200の化合物は医薬や農薬として実用化されている。微生物生産物の探索から開発、そして生産への各ステップで「生物工学」が重要な役割を果たしてきたことは言うまでもない。この形態と生産物の多様性という2つの特徴こそ、放線菌が他のバクテリアと区別されて扱われてきた所以である。
典型的な放線菌のゲノムサイズは6~9 Mbpと非常に大きく、大腸菌、枯草菌、結核菌などのほぼ2倍である。この大きな遺伝情報によって多様性が確保されている。しかし、どうして放線菌だけがこのような多様性を獲得できたのだろうか、不思議である。私は放線菌のキャッチフレーズとして「Actinomycetes, charming and useful microorganisms」を使っている。ただ、近年の分子系統学の進歩は、従来の「少なくとも生活史の一時期に分岐を伴う糸状形態を示すグラム陽性細菌」という放線菌の定義が必ずしも系統進化の道筋と一致していないことを明らかにしてきた。菌糸と胞子を形成し、かつて典型的放線菌と考えられてきたある種のバクテリアが16S rRNA遺伝子解析の結果、系統的に大きく隔たるFirmicutes門に属していたという例もある。
化学分類の立場からは、「DNAのGC含量が55 mol%以上」という性状も加味される。放線菌の範囲については議論もあるが、日本放線菌学会刊行の『放線菌の分類と同定(毎日学術フォーラム2001)』では、Actinobacteria 門、Actinobacteria 綱、Actinomycetales目と定義している。この定義に従うと、現在、放線菌は約200属、そのうちの約半分は菌糸状形態を示さない。
それでは、この生物、自然界でどのような生き方をしているのだろうか。放線菌は代表的な土壌細菌であり、1グラムの肥沃な土壌中にその胞子や細胞が100万個を超える高い密度で生息し、土壌中に含まれる植物分解残渣などの難分解性有機物を好んで分解・資化している。自然界の物質循環で極めて重要な役割を担っていると言えよう。
このように放線菌は多くの属・種によって構成されるが、分離される株数としてはStreptomyces 属に属するものが圧倒的に多い。ただ、放線菌の分離・分類や生態学的な研究に関わっているとStreptomyces属以外の希少放線菌、いわゆるrare actinomycetesがおもしろい。
実は、今の私は「落葉の分解過程の一時期、ある種の希少放線菌が主役を担い、ある種のバクテリアと協調しつつ生態系を主導している」という作業仮説を立てて仕事をしている。放線菌フローラと関わりのあるフィールドワークは楽しい。ところで、最近、放線菌を主人公にしたテレビ番組を制作するチャンスに恵まれた。NHK教育テレビの「10 minボックス」の「クスリをつくる微生物」と題した番組で常時、動画配信されているのでご覧いただければと思う注2)。この番組作りの過程で起こった不思議な出来事については、「赤い糸がつなぐ運命的再会」と題して本誌(2008年3月号)に掲載していただいた。
最後にちょっとだけ宣伝させてください。今年の日本放線菌学会の年次大会は初夏の7/16-17に秋田県立大学が世話人となり秋田市で開催されます。日本生物工学会会員のみなさん、多数ご参加ください。この魅力的で有用性の高い微生物群の応用について議論し、さらにはバイオを研究対象、あるいは研究材料として扱える喜びを共有したいものです。
注1) http://www.nih.go.jp/saj/DigitalAtlas/の「Section」へ
注2) http://www.nhk.or.jp/rika/10min2/index_2012_020.htmlの「第20回」へ
著者紹介 製品評価技術基盤機構バイオテクノロジー本部
(NITE/NBRC) E-mail: