生物工学会誌 第87巻 第5号
長島 實

「『食』を燃やす」ことへの感覚的な反論も落ち着き、国内では、酵素によるセルロース糖化技術の開発が20年ぶりに進行中である。メディアは「非食」(非食植物や植物の非食部)の使用を前提条件としており、これに筆者は異議を唱えたい。バイオマス研究は、「食」との連携を確保し、近未来や非常時に備える農業基盤を整備することこそ大事だからである。食の余剰部分や第1.5世代と総称する食未利用部分にも目を向けつつ、「非食」を「食」に変える技術開発を目指したい。食料供給が長期的には逼迫することを見据え、私たちバイオマス研究者は、世界に向けた農業貢献が期待されている。

遅まきながら欧米の先行に伍する国産技術開発が始まり、助走段階から抜けつつある。農水省は開発型テーマの基盤整備に向け、農村活性化の視点から委託プロジェクト「地域活性化のためのバイオマス利用技術開発」4テーマを平成19年度から進めてきた。3年目を迎え“折り返し地点”にあたる今年は、原料確保から地域循環まで、エタノールを鍵とする繊維質変換プロジェクトの再編成の最中にある。ここでは、「育種・栽培」「変換」「モデル化事業/地域循環」など横断/網羅型の開発チームが発足しているほか、「ガス化/発電・メタノール」「ディーゼル油の商用化」など、多面的にバイオマス利用の研究が進められている*。

「地域活性化」という本プロジェクトのキーワードこそ、私たちバイオマス研究に携わる者の覚悟である。地球上の生命を支える緑地の減少防止にどこまで寄与しうるか、まして気候条件の恵まれた東アジアモンスーン域にありながら耕作放棄地の拡大が止まらない国土荒廃にどう歯止めをかけるか、農業振興に生かす道を大切にしたい。今、石油や天然ガスなどのエネルギー資源は、今後の持続的供給が懸念されている。

バイオマス利用は、光合成のエネルギー効率(1/1000程度)が太陽光発電(1/10)に比べて低いものの、触媒の自己増殖能や低廉な供給という点から、持続型リアクターとして、単なる“食べ物”にとどまらない機能も生かせよう。世界が1年間に供給する食糧44億トンはガソリン消費(12億kl)や原油消費(50億トン)に敵うものではない。内燃機関の効率改善も喫緊とはいえ輸送用燃料への変換も通過点にある。何より、非食を食に転換する繊維質の糖化は人類の夢である。

その変換モデルとして、自然界に学ぶべきものは多い。たとえば、担子菌や菌根菌のような“植物への侵入者”の戦略を生かしたい。リグニン分解の多様な微生物関与や日和見的な栄養交換、共生系担子菌の宿主乗り換えなどが注目される。動物腸間のメタゲノム解析にも、共生系の多様性が見えてきた。メタゲノムの解析はミクロの世界のエネルギー争奪を次第に明確にし、Chemolithotrophs(化学合成無機栄養生物)など有機物の世界を急拡大させている。足りないのは、今、微生物学の再発見の時代における研究者の俯瞰的な視点かもしれない。

さて、“ポスト資源消耗文明”に向けたバイオ技術の意義が問われて久しい。この社会的要請に対する生物システム研究の貢献の遅さに忸怩たる思いを抱く。と同時に、足早な技術開発と同軸には語れぬアセスメントの厳しさを思う。Precautionary principle(予防原則)が求める配慮はリスクの適切な先取りであって、慎重な回避とは異なるリスクベネフィット議論である。今、われわれを取り巻くIT社会は、変動の激しい社会構造をつくりだし、情報の非対称化を生みだした。そんな時代の「リスク認識」は、まさしく情報の非対称である。そんな“向かい風”のなかで、私たちがなすべき貢献を社会にきちんと伝えたい。自然の多様さに配慮したうえでの光合成生産性の向上こそが、重要な時代を迎えているということを。

それにしてもこの100年、人類にもっとも必要な一次産業に対し、バランスある投資や配慮がなされてきただろうか。へたな商業生産に陥っていないか。燃料供給も社会的要請によるものとはいえ、現在の環境技術は総じて石油依存の落とし子であり、それらの環境特性は適切なのか。研究者/技術者の社会への情報発信は足りていたか。

昨年惜しくも逝去された戸塚洋二さんは、“次代に負を残すな”を嫌いな言葉として挙げておられた。生物屋の慎重さに忸怩たる思いを抱きつつ、つくづく楽観的、挑戦的でありたいと思う。


*http://nfri.naro.affrc.go.jp/yakudachi/biofuel/index.html
著者紹介 
(独)農業・食品産業技術総合研究機構(バイオマス研究コーディネーター)、食品総合研究所(研究統括)

 

►生物工学会誌 –『巻頭言』一覧