【随縁随意】若き生物工学研究者に期待する- 手柴 貞夫
生物工学会誌 第87巻 第1号
副会長 手柴 貞夫
明けましておめでとうございます。皆様には良いお年をお迎えのことと存じます。昨年は英文誌の有料配布、印刷形態の見直しなど抜本的な改革をご承認いただき、文科省科研費補助金に依存しない財務体質を築くことができました。会員皆様のご理解とご支援に改めて感謝申し上げます。
昨年は食糧、エネルギー、環境など21世紀の地球的課題解決に、改めてバイオテクノロジー(生物工学)への期待が高まった1年でした。一方で、大学院博士課程進学者の減少、博士号取得者の就職問題、修士課程修了者の早期・長期化した採用時期の問題など、大学院教育・人材育成を巡る課題が浮かびあがった年でもありました。本誌でも昨年「キャリアパス」の連載で取り上げています。知の創造を担う大学は勿論のこと、知の活用を担う産業界にとっても、人材育成や大学院教育は他人事ではありません。日本学術会議ではこれら諸課題の解決に対して、昨年8月に政府と社会、大学への7つの提言をまとめています。*
提言1では大学に、育成すべき人材像を明確に示しつつ、新たな時代に相応しい博士号取得者の育成と、専門分野に関する深い知識と研究能力に加え、複眼的な広い知的視点が得られるような人材育成の体制構築を提言しています。企業の採用における博士号取得者への不満にも、関連分野の幅広い知識や関心の不足を指摘する声が多いのも事実です。博士取得者が大学や公的研究機関の研究者として進むだけでなく、行政や産業界に大いに進出する、行政や産業界も歓迎して受け入れる、という好循環を生み出さなくては、科学技術創造立国を標榜する日本の明日はないような気がします。大学や公的研究機関に進む研究者にとっても学際領域や融合領域が重要性を増す今後、複眼的視野は一層必要となります。
私が協和発酵工業(株)に入社し、基礎・基盤研究を担う東京研究所に配属された1971年には、13名の研究職のなかに2名の博士取得者がいました。工学博士の彼は高分子化学の専門家でしたが、自ら望んで当時最先端領域の植物組織培養の研究に進み、この分野の基盤を確立しました(彼はその後、得意な数学を生かして発酵工学分野に進み、工場でのコンピューター制御による発酵プロセスの基礎を築きます)。私自身は核酸関連物質と抗生物質の生産菌育種と発酵プロセスの研究に、各7年間従事するという幸運に恵まれしたが、入社10年までにはほぼ全員が研究所から本社、工場あるいは工場を支える開発研究所に転進しました。企業は個々の研究者の適正を考慮して、研究以外で活躍可能な多様な職場を用意しますが、日頃の関連分野への幅広い知識と強い関心がその後の活躍の基盤になるように思います。
博士課程取得者への産業界の不満に、コミュニケーション能力やマネージメント能力の不足を指摘する声もあります。私は研究管理者の時代を含め、約20年間研究所に勤務後、半ば志願して本社の開発に従事しました。新規(主に発酵)生産物ならびに有用(発酵)物質の新規プロセスの研究開発です。開発は研究、生産、営業のトライアングルの中心となる部署だけに、関係部署との調整、国内外企業との共同開発、大学・公的研究機関との共同研究を通じて、マネージメント能力やコミュニケーション能力の重要性を知らされることになります。そこではほとんどの企画開発が多額の損失を伴う失敗に終わる辛酸を舐めましたが、数少ない成功の美酒を研究、生産、営業の仲間と味わった喜びは格別でした。
21世紀の地球規模の課題に多様な分野での生物工学研究者の活躍が期待されています。また、イノベーションを創出する大学や研究機関のみならず、産業界や行政など多様な社会が生物工学者を必要としています。末筆ながら、学会に所属する若い生物工学研究者はじめ皆様のますますのご活躍を心より祈念致します。
*http://www.SCj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-20-t62-11.pdf
著者紹介 協和発酵キリン株式会社(技術顧問)