JABEE – 日本生物工学会の取り組み(設立から2006年まで)
– 最近の審査状況と生物工学会の7年間の取り組み –
JABEE(Japan Accreditation Board for Engineering Education;技術者教育認定機構)とは、我国の高等教育機関で実施されている技術者教育プログラムが、社会の要求する水準を満たしているかどうか を評価、認定する非政府団体のことです。日本生物工学会は、1999年のJABEE設立当初から、「生物工学分野」が、将来にわたって非常に重要な技術者 教育分野になると考え、その認可への努力をしてきましたが、いろいろな議論があって、その認可は容易ではありませんでした。
5年の歳月を経てようやく2004年3月に「生物工学分野」は「生物工学および生物工学関連分野」として正式に認められました。それ以来、日本生物 工学会は、「生物工学分野」の幹事学会として関連学協会(日本農芸化学会、(財)農学会、化学工学会、日本化学会)を取りまとめ、本分野の円滑な運営に主 導的な役割を果たしています。この目的のもとに、実際的な活動をしているのが 21名の委員からなる日本生物工学会JABEE委員会です。また関連学協会より選出された委員をもって、生物工学分野全体に関連する問題や学協会間のいろいろな問題の調整にあたる生物工学分野委員会 (PDF)が構成されています。
JABEEは教育の質の保証、優れた教育方法の導入、技術者教育の継続的発展、技術者教育の評価方法の発展、技術者教育の評価に関する専門家の育 成、教育活動に対する組織の責任と個人の役割の明確化、教員の教育貢献の評価の推進などを目的として設立されています。技術士法の改正に伴い、JABEE の認定を受けた学生は、技術士一次試験が免除されるとか、教育の質の保証をベースに、就職が有利になるといったインセンティブを頼りに、JABEEの認定 が促進されてきた面も否めません。しかし、JABEEのねらうところは、学生個々の知識、能力を審査するのではなく、教育システムを審査することであり、 日本の工学系の高等教育制度の改善を行うことです。上でも述べたようなインセンティブを駆動力に、2005年度までに281の教育プログラムがJABEE の認定を受けており、修了生は34968人にのぼりました。認定可能な教育プログラムのうち、約半数が認定を受けたと考えられています。しかし、認定プロ グラム数は最近頭打ちになってきており、なかでも、伝統校の受審率が極めて低いのが現状です。JABEEは産・官・学の協力で成り立っており、国際的にも高く評価されています。このことを念頭に、今後さらに多くの高等教育機関がJABEEの認定を受けることが期待されます。
JABEE、最近のホットなニュース
JABEEの最近のホットな話題を2つばかり紹介します。
1. JABEE産業諮問評議会
JABEE産業諮問評議会では以下のような議論が活発化しています。技術者あるいは工学教育の真の向上、すなわち教育改善というJABEE本来の目的からは少し違う観点での産業界からの意見ですが、JABEEは、こうした意見も考慮して発展していくことが必要でしょう。
- 分野別産学連携プラットフォームの設置
産と学のギャップを埋めるにしても、修士教育を改善するにしても、分野の問題として取組まなければ改善しない。分野別に学会にプラットフォームを作るべきである。
- 学と産の役割の明確化
大学は細分化されたディシプリンを深化させ、産は複数ディシプリンの融合を促進するという融合型という点で産が協力する必要がある。
- 大学院外部認定への取組み
JABEEが修士認定をすることで、修士の教育目的の明確化が進むのでは。
- 高度人材育成への取組み
産が教える人を出す、カリキュラムを作る、教材を開発する、インターンを受け入れる、出てきた学生は、差別した給与体系で採用するなどの例を増やすなど、産がもっと積極的な役割を果たしてもよいのではないか。
- インセンティブへの要望
国際的に見て日本ほどインセンティブの無い国はない。技術士の1次試験免除はあるが、その他にも認定を条件にして評価すべきである。
- JABEEの認知度向上
採用の時にJABEEのプログラムを履修したかを聞く企業はないし、履歴書にも書かれていない。これでは会社に入ってJABEEの意味があったか評価できない。認知度向上のために、企業側でも積極的にできることがあるのではないか。
- 産学人材育成をプラスのスパイラルに
企業は人材を育成する余力が無くなり、外から獲得するようになっている。就職活動で多くの学習時間が奪われるなど、学習環境を破壊する負のスパイラルに陥っているが、プラスの方向に持っていかなければならない。
2. 大学院JABEE始まる
現在26万人の学生を擁する大学院改革は急務であり、将来のあるべき姿を先取りした戦略的な改革が求められています。1991年および1993年の大綱化に伴って、大学や教育課程の新設、改組等の規制が緩和され、予算面の優遇処置もあって、大学院の重点化が一気に進み、大学院の量的拡大は達成されたものの、どのような知識や能力を身につけた学生が実際に育成されているのか、あいまいになる傾向にあり、産業界からも大学院教育の質的向上に対して強い要望が出されています。
また、「○○特論」といった科目名に代表されるように、恣意的に断片的な知識を与えるのではなく、世界水準を満たす体系的なコースワークの重要性も指摘されています。さらに、平成19年度の教育再生会議では、大学院改革の鍵として、「国際化」、「個性化」、「流動性」をあげています。このような背景を踏まえて大学院JABEEが検討され、建築分野を中心に、平成19年度に試行審査を実施して、認定基準の見直しを行い、いよいよ、平成20年度から本格審査がスタートします。なお、大学院では学習保障時間に関する基準がなくなっており、また建築分野を除き、分野別要件を設定しないことになりました。大学院の場合は、学部の場合に行っているような分野ごとの認定審査は行わずに、JABEE大学院委員会が審査員の決定から、審査までを行うことになっています。
生物工学分野の分野要件
修了生が修得すべき知識・能力 |
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教員 | 技術士等の資格を有するか、または教育内容に関わる実務について教える能力を有する教員を含むこと。 |
この分野要件を決めるにあたってはいろいろな議論がありました。例えば、生物工学が関連している分野は、工学だけではなく、農学、水産学、生物資源科学などいろいろな学部にまたがっており、その中には、生物工学という名前が付いた分野(例えば水産生物工学)もかなりあるとの指摘から、そうした分野の教育プログラムが生物工学分野で受審することも想定して、分野要件はできる限り広い分野を包含できるように考慮しました。しかし、一方では、生物工学分野の特徴を持たせることが重要であるとの認識から、数学や応用数学など、工学に必須の学問分野を分野要件に含めました。
生物工学分野の英語名
世界的なレベルでの相互承認という意味合いから、ABET (Accreditation Board for Engineering and Technology, USA)に分野の英文名を届け出る必要があり、これについても相当な議論を行いました。結論として、現在ABETに登録している「生物工学および生物工学関連分野」の英文名は、「Biochemical, Biological and Biophysical Engineering and related fields」です。「生物工学」の日本語訳としては、通常、「Biotechnology」という言葉が使われるにもかかわらず、どうしてこれを用いないかと思われる方もおられるかもしれません。しかし、これについては、JABEEやABETが定義する「工学」の概念が、英語では「Engineering」であり「Technology」ではないこと、また、「生物工学および生物工学関連分野」が、現在多様な分野を包含することから、Biochemical, Biological and Biophysical Engineeringという言葉を使うことに致しました。
Biochemical、Biological、Biophysicalという言葉をどうして上記のような順番にしたかについては、米国の関連分野の調査などから、少なくとも現在の時点で生物工学が扱っている内容は、Biochemical Engineeringという分野に最も近いこと、次いでBiological Engineering、Biophysical Engineeringの順番であることが理由です。しかし、「生物工学および生物工学関連分野」が、将来にわたってこのような英文名で充分表現できているかと言われれば、今後のこの分野の発展にもかかわってくる問題でもあり、予断を許さないところです。ABETに登録してある英文名については随時変更可能ですので、会員諸氏には、忌憚のない御意見を賜りたいところです。
生物工学分野のホットなニュース
– 鳥取大学の技術者教育プログラムが正式に認定される –
2004年度に受審した崇城大学工学部応用微生物工学科が、「応用微生物工学科」というプログラム名で、生物工学分野としては初めて正式に認定された技術者教育プログラムとなりました(2005年度夏の官報公示)。 2005年度には九州工業大学情報工学部生命情報工学科の「生命情報工学教育プログラム」と、徳島大学工学部の「生物工学科 昼間コース」の2つの技術者教育プログラムが正式に認可されました(2006年夏の官報公示)。さらに、2006年度には鳥取大学工学部の「生物応用工学科」が認定されました。[http://www.jabee.org/ (JABEEホームページ)]
生物工学および生物工学関連分野でこれまでに認定された技術者教育プログラム | ||
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高等教育機関名 | 認定プログラム名 | 認定年度 |
1)崇城大学生物生命学部 | 応用微生物工学科 | 2004 |
2)徳島大学工学部 | 生物工学科 昼間コース | 2005 |
3)九州工業大学情報工学部生命情報工学科 | 生命情報工学教育プログラム | 2005 |
4) 鳥取大学工学部生物応用工学科 | 生物応用工学科 | 2006 |
JABEEの規則(守秘義務)によって詳細は公開できませんが、続いて2006年度にも受審があり、現在認定の可否について審議中です。認定されれば、2007年度夏の官報に公示されます。今後、これらの教育機関に続くプログラムが続々と出てくることを切に願っています。これまでに認定されたプログラムは、他分野のものも含めて全てJABEEのホームページに公表されています。
日本生物工学会 – 今後のJABEE活動 –
幹事学会として、日本生物工学会が今後のJABEE活動に果たす役割には大変大きいものがあります。JABEE審査における実際的な運営を取り仕切ることはもちろんですが、学会として、我が国の生物工学技術者教育の向上に理念や将来構想を含めて益々積極的に、また主導的にかかわっていかなければなりません。そのため、日本生物工学会JABEE委員会では、
- 生物工学分野の試行審査や本審査の実施
- JABEE啓蒙活動
- JABEE審査員の養成
- 生物工学会主催のJABEE審査員研修会の開催
- 他学会主催の審査員研修会への講師派遣
- 技術士ならびに技術士会との連携
- 大学院JABEEについての情報収集、学習会の開催
など、多面的な活動を展開しています。例えば啓蒙活動の一環としては、これまでに、生物工学会誌に、JABEEについての啓蒙記事を連載しました。また、2004年の日本生物工学会においてミニ講演会を、また、2005年は生物工学教育委員会との共催で「JABEEと生物工学教育、現状とその将来展望」と題するシンポジウムを開催致しました。審査員の養成については、それまで他学会に頼っていたものを、2003年の11月に初めて日本生物工学会の主催(JABEE、日本工学教育協会、化学工学会、農学会協賛)で、北九州市北九州国際会議場会議室において開催し、翌年の2004年にも、大阪大学中之島センターで、第2回目の審査員研修会を主催しました。また、JABEE本部委員会委員(PDF)はJABEE本部のいろいろな委員会に出席して意見を述べたり情報を収集したりしています。
おわりに、- 生物工学分野認定プログラム数の増加を目指して –
いろいろなところで指摘されるように、諸外国と比べて我国の大学では、今まで(個人レベルでは別として、システムとして)教育が研究のうしろに置かれてきた感があります。それがようやくこの機に至って、我国全体で教育改革の気運が高まっており、そうした教育改革が、個人的な努力や教育論だけでなく、大学評価・学位授与機構、大学基準協会、そしてJABEEなど、いろいろな制度によって、システムとして形作られてきたことは大きな進展です。中でも、JABEEは、その教育プログラムの認定によって、修了生(卒業生)に、その時の社会の要求に答えることができる一定の学力レベルや考え方を身に付けられるような技術者教育を受ける権利を保証します。そしてそのことによって、我国における産業の発展に大きな貢献をすることができるという意味において、その存在意義には大きなものがあります。 学会としても、我が国の生物工学技術者教育に、いろいろな観点から貢献しなければなりませんが、幸い、日本生物工学会は、教育機関に所属する会員だけでなく、企業に所属している会員も多いので技術者教育の向上について、いずれのサイドからも意見を伺うことができます。ぜひ、JABEEについていろいろな御意見をお寄せ下さい。
また、今後、JABEE「生物工学分野」の発展を確固たるものにするためには、できるだけ多くの教育機関に審査を受けて頂くことが重要です。生物工学および関連分野の認定教育プログラムの数はいまだに一桁台であり、何とか二桁までに認定数を増やすことが生物工学会に課せられた課題です。是非、伝統校も含めた多くの大学が、JABEEの意義を理解していただき、教育システムの改善や教育改革につなげていただきたいと思います。
大中逸雄 JABEE副会長の言葉を借りれば、 「JABEE認定制度が単なる規制ではなく、21世紀における技術者あるいは工学教育の真の向上に役立つように発展しなければならない。」のです。このためには、JABEE、教育機関、専門学協会、産業界間の協力、特に教育機関と良質の教育を受ける権利を有する学生・父兄の意識改革が必要です。
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